隼田院ハザマ日記 27:00~28:00
- seamaaaaan
- 2021年12月5日
- 読了時間: 6分






* * *
アンジニティで暮らすのは、それはもう大変だった。
私とアンジニティに到着した皆のうちからも、私のせいにする子が出た。
私は別段それを仕方がないとは思わなかった。
何故私がアンジニティに行かずに済むよう、試みてはくれなかったのだろう。
何故私がアンジニティに行かずに済むよう、
ひとのきもちを変えてはくれなかったのだろう。
私達が受け入れてもらえるよう、力になってくれても良かったじゃないか?
『難しすぎる、自分たちに出来るような事じゃない。』
おどろいた。
なぜか被害者面をしてみえた。ひどいことを言われた気がした。
難しすぎる?自分のしてきた増長を何とも思ってないようだった。
私が生活する上ででてきた損を、目の前で受け入れられてしまう虚しさったらなかった。
友達でもないし、もう話したくないと言われた。
償えと言われた。
不思議だった。
私にどんな事を言っても、何をしても、相手のためあくせく頑張ると思ったのだろうか。
責任感だけでどんな事でもやり遂げると思われたのだろうか?
はたまた、それが私の『やるべき当然のこと』とでも思われていたのだろうか。
私はその子と協力する意義を失った。
だって、その子は自分に出来る事は十分やったつもりでいるようだが、
私の現状は悪化しただけ。
助けて欲しいと望んで、受け入れてもらって、
勇気がでたらと後回しにされ、状況はかわらず
姿が変わった後は籠って何もしない生活が、悲劇であると陶酔されただけ。
私がその子に働かなくてもよい安全な暮らしを提供する事と、その子の陶酔とは
すっかり釣り合って、なんなら天秤はその子の方へ傾くものと思われたらしい。
私がこの立場でいる事が当たり前だと思ったのだろう。
嫌がるところ、諸々話してみたが、同意は得られなかった。
一度は頷いて貰えていた事についても、状況が変わり、気も変わったのだろう。
それならそれで、もう構わなかったが、やはり不思議だった。
それで相手の気が変わらぬままとは限らないのに。
* * *
その子は私と一緒にいることをやめる事にした。
私はその少し手前から、私が生き残るためにその子をどうにか上手く使う方法がないかを考えていた。
私も必死だったのだろうな。無事、なんだかうまくいった。
その場での生き死にの前例を得た。
食べ物が足りなかったので、死体をとりにいった。こうはなりたくないなあと思った。
愛着で『悲しい』みたいな陶酔したきもちになるかと思ったが、
思い返してもあくせくご機嫌取りをしながら働いた記憶が大部分を占めていて
死んだものは私を助けないという事実があるだけだった。
ひとの肉をわけあって食べた。
* * *
協力出来ていた時期もあったが、人間余裕がなくなると、
消沈したり、喧嘩をしたりするものだ。
人が離れたり、私の異能のなかで休んだりをするようになった。
そうして私は一人でアンジニティを歩き回るようになった。
毎日逃げ隠れして、疲れていた。
いよいよ死ぬんだろうなあと、毎時毎分考えるようになった。
そんなころ、海辺で大きな竜と出会った。
それは蜃という竜だった。
単純な大きさに、私達の知らない世界観に、ただ圧倒されていた。
竜の蜃気楼で、私は眠った。とてもいい夢を見た。
――少しの緊張感があったことも、どうやら上手くいきそうだ。
多くの困難があって、失敗もあったが、それらは許されている。
このうまくいった先には、どんな未来があるんだろうか?
私はそれをまだ見たことがない。
応援してくれる人が傍にいて、協力してくれる人がいて、そうでない人もいるが、
それよりも、少しばかりの手応えに高揚していた。
私が望んだ未来の一片に、手がとどきそうだ。
不安はどうだ?ないといえばウソになる。
では次の手を考えようじゃないか。
そうして、次の新しいものに向けて、何をしようかと、
新しい世界に片足を置いて考える。
この先が楽しみに思えた。
そう思っていたもの、全てが夢だった。
起きた時には脱水やら空腹やらで死にかけていた。
私を起こしたのは正体不明の子供の声をした光だった。
ばかげているが、私はそれに助けてほしいと願った。
今にして思えば出鱈目だ。考える力もなくなっていた。
しかし光は受け入れた。後に彼は御曹院シオンとなった。
私を殺しかけたあの竜が欲しくなった。
なにせ死につつあることにも気づかずに、希望に胸をおどらせながら、
終わりのその時を知らず、死に向かっていたのだ。
鳥肌がたつほどだった。喉から手が出るほど欲しいものだった。
* * *
へんしんちゃんは私のものになった。
へんしんちゃんの蜃気楼のなかで、残った皆も夢を見て死んだ。
苦しみもなかったろうし、最後まで期待に胸躍らせていたことだろう。
1度目は彼らを起こしたが、2度目は起さなかった。
望んで眠ったろうから。
どうせアンジニティでは私のしたい事はできないし、彼らに助けて貰えるわけでもない。
私を助けない人達は、みんな死んでいった。
ああよかった。
* * *
あの蜃を私のものにする事は、結論からいえば簡単だった。
『人間は友達同士仲がよくなった時、私はあなたのものだよって言うんだよ。
君もためしてみたら?』
そう言っただけ。
* * *
イバラシティでの私の異能は『へんしんちゃん』となった。
ワールドスワップは相変わらずのマメさで、我々二名をイバラシティ用に置き換えた。
なにせへんしんちゃんは『私のもの』だ。
ゆえに『私の異能』となった、みたいな事だろう。
イバラシティの私の真の異能も、住まわす異能なのだろう。
私は異能のへんしんちゃんと話すことができたから。
私は体に竜を飼い、その異能の性質をレンタルしている形にあった。
ハザマの私もイバラシティの私もそうだが、蜃は私の体から『気』とやらを食べる。
それが由来で常に私の体調はイマイチなところがあるが、あの異能にはかえられない。
それを周りに治させているわけだが、まあ、別に言わなきゃ言わないでも構うまい。
イバラシティの私の異能とは、
『私の体から異能が食って蓄えた気を、私に戻しながら私の姿を変更する。』
『私が私の体の気を外へ吐き出し、範囲内の者にいい夢を見せる。』
ざっくりいって、こんな感じのものだった。
イバラシティの私の様子を見て、ハザマでも同じことができないかと思ったが
私の体を経由して竜の力を使う、みたいな事はできないようだった。
まあ私は異能の街の生まれでもない。
異能、という呼び方もイバラシティで馴染んだものだ。
ワールドスワップによる適応の恩恵だったのだろう。
ワールドスワップのおしまいに、どんな未来が待っているのかはわからない。
最初に提示された物事と、今から終わりまでがどの程度違ってくるかも不明だが、
私は私の異能で、少なくともイバラシティへ、へんしんちゃんを連れていく事が出来た。
へんしんちゃんは、曰く、ワールドスワップの要請に応じていない。
もしかして、もしかするのではないか。
私はこの異能を知っていたからこそ
『共に同じ世界に渡れる可能性がある』と前向きな話を
ハザマに来た友人達にも、してみる事にしていた。
* * *
へんしんちゃんは最近あまり喋らない。悠久の時を生きる竜が、人間のあくせくした時間にあわせて動く義理もないのだろうけど。
私はよく思う。
この竜は、もう人間に飽いたのではなかろうか?




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