隼田院ハザマ日記 26:00~27:00
- seamaaaaan
- 2021年12月5日
- 読了時間: 6分
きっと私は一人に見えただろう。
皆最初、外に出ようとはしなかったから。
* * *
人にみつかる。逃げたほうが?いや、あの子を追いかけて止める?
そうは思ったが、私の体はそのどれもに向いていなかった。

初めて外に出たあの日、外はひどく眩しく、しらないニオイがしていて、
風の動きや砂や土の一粒までもが、どう危険か分からなかった。
次の瞬間、どんなものがとびかかってくるのか、なんて事に怯えていた。
まあ、それ以上に、混乱しきった人たちの方がよほど何をしてくるか分からずに恐ろしかったけれど。
とかく、膨大な情報が処理しきれなかったことばかり覚えている。
* * *
外の世界の体感の欠けた私の無知は、時に人との会話の中で億劫がられた。不快だった。
誰も私に外に出る機会を与えることもなく、外の体感を教えることもなくその日が来た。
理不尽だと思った。
世の常識が私の自由を制限していたのなら、もの知らぬ事を迷惑と扱う人に平伏する気もおきなかった。
家。上下水。電気。機械。言葉。火。物理法則。知恵。
色んなツールを利用できる現在は有難い。
しかして私を助けない仕組みを振りかざす事に恩恵を感じられるかどうかは別だ。
なんなら孤独で、飢えていて、困っていて、そうして私と親しくなっていった可愛いあの子たちにさえ、私は「まだ仲良くして貰えていない」と思っていた。
私はきっと世界の多くの部分に、まだ、さほどの得を感じられていなかった。
たとえば私が仕事で誰かのためのアバターを作っている間も、
ずっと不思議なきもちだった。

――この人達、なんでこんなものばかり欲しがるんだ?
値がつくもの、多く好まれているもの、かわいい、かっこいい、きれい、そういったいつもの味だけ口に入れていたいみたいに、何かの傾向を踏襲したものを多く頼まれた。
作るのは構わなかったが、見飽きたルーチンになった。
それらを好きになってみたくて、喜ぶ彼らの模倣をしているうち、好みが閃くのではないかと待った。
いつしか喜び様にも見飽きていて、あまり上手くはいかなかった。
人嫌いでもなかったはずだ。人を大好きになる簡単な方法があった。
そうだと宣言し、それに反しないように居ればいい。
人の自己愛は格別大きく見えた。私の周囲にはそれを重視する人が多かった。
だから、人と関わる時は、模倣、あるいは尊敬を心掛けた。
あなたと同じ言葉を使い、あなたの行動をみつめて、あなたの行動の話をして、あなたの想いの話をして、『あなたという人物をもっと知りたい』という態度をとった。
話を聞いていると判断してもらうため、材料を探し、もっと教えてほしいと望んだ。
私は『あなたに需要を感じている』と見せることにした。
執着の模倣をした。なにせ「執着を表現する」なんて事が、「手間だから」と手抜きされて久しい界隈でもあったから、真似るのは簡単だった。
その仕組みをなぞって渡した。
例外を求められた時は都度真剣に向き合うことを仕組みに取り入れた。
誰かがわけあって成長しそこねた部分を、ダメ、下手、悪いこと、なんて言う時、莫大な手間をかけて育てはしなかった自分も、放置を決め込んだ自分も、当人に見えているのではないかと思ったが、どうやらそういうパターンばかりでもないらしい。
じゃあ、評判を下げられるなんて損や億劫や危険を避けたいときは、先回りのご機嫌取りをして、ダメなら不機嫌になられる生活をすればよいのだろうか?
好き嫌い次第で誰かを攻撃してもほったらかしになるその仕組みが、私には然程魅力的にみえていなかった。
* * *
考えることは大変で、知ること、変えること、認めることは、時に惨めで恥ずかしい。
簡単なやつがいい。
結構な頻度でそう思われてしまう事がわかっていた。だから私は、
『私のもの』と了承がとれた人を、『私と同じような姿』にすることにした。

思考も配慮も面倒なら、体感がいい。

一番直感的に私の状況を把握して貰えると考えた。
嫌いなものに割く時間はなくて、把握さえも面倒で、ついつい攻撃をしちゃうなら
私は皆と『仲良くなりたい』と望もう。
私の異能は、街、或いは家のかたちをしていた。
結界とか、領域とか、空間とか、そういった名前をつけられがちな能力の一種だ。
たとえば絵本の世界や、絵画の世界へ入り込むように、
私のなかに広がっている世界に人を住まわせる異能だった。
人を住まわせ、会いにいくことができ、食う寝る遊ぶを認めた、穏やかな場だ。
死ぬ自由もある。
皆の体調が悪化したのは、アンジニティで私の体調がくずれたときと、
私の異能の世界の食べ物や飲み物を、彼らが口にいれなくなった時くらいだった。
その街に人を招くときめた時。招かれる人は私と似た姿になる。

私は『私のもの』の子たちを、招き続けた。
そして彼らは私の世界から外へ出ることをやめた。
曰く、恐ろしいとの事だ。私と同じだと思った。
私を助けてはくれなかったが、私はその子たちを飼った。
異能のおかげで、世話はひどく難しいわけではなかった。
別段、閉じ込めたわけではない。
私そっくりの姿で異能の街から出て、今まで通り生活をするのも良いと言った。
私はその展開も気持ちの上では望んでいた。
私が私の姿で外へ出たら、今までと同じ生活は出来なくなってしまうのでは?
私はそれを恐れてきた。
けれどもし、実際のところは同じ生活が出来て、平穏無事で、優劣をつけられ損する事もなく、莫大な苦労なども伴わず、奇異の目も悲鳴もあざけりもないとしたら?
もしかして、私とて外の世界を気楽に利用し暮らせるかもしれない。
私と同じ条件のなかで、私を助けて欲しかった。ヒントが欲しかった。
……それに。
皆が好む姿と似たような姿として生きてきた期間位、同じ姿になるって行為で返してくれてもいいじゃない?
私は今もそう思っている。
* * *
そうして私は、かわいいあの子たちごと捕らえられた。
皆、最初は私の世界でじっとしていた。
雲行きがあやしくなり、外に出て話をさせてくれと言う子がでてきた。最初の子だった。
勇気を出してくれたようだった。くたびれていたから、認めた。
私も捨て鉢な気持ちになっていた。
私のかわいいあの子は「しあわせ」とか「満足」とか「きらく」とか「整形とかわらない」と話していた。それをみるその場の面々の目ときたら。
それは、私には、えらく不快だった。
なにがちがう?
おまえたちのその顔が、いましているかたちと。
私達のかたちとでは、じゃあ、言及されているものがおぞましさとして、どう違うのだ。
最終的には異能も姿も、その世界がつくりたかったものに合致しないものとして、排除されたと私は考えている。
最後の最後、その場では目立つ部屋着の女の人がスーツの男の人達に連れられてやってきて、私達に「ふえてる」とひとこといって、私のアンジニティ行きがきまったことが今も深く印象に残っている。
* * *

『私のものになる』と真柄信が言ってくれたあの時間、とても良いことを聞いた。
もちろん真柄のことも代えがたい喜びではあった。同時刻のことだった。
ワールドスワップが影響力次第で、人をナレハテにするという!
何故罰ゲーム風?勝った人がナレハテじゃだめなの?言葉は喋れていいんじゃ?
相容れなさがあるにも関わらず、それでも、この出来事が嬉しかった。
影響力次第では、誰かがナレハテになる。
毎時間、何人かはあのゼリーのような姿になったのか?
それを想像できるだけでも、この世界の空気は幾分風通しがよく爽やかではないか。
私はワールドスワップが好きになった。
常盤郁子は、一緒にナレハテになっちゃってもいいと言ってくれた。
私と双子のような姿になる事も、
双子のお姉さんが大好きな彼女なら、きっと受け入れてくれる。

だって、彼女はもう私のものだ。


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