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隼田院ハザマ日記 0:00~1:00

  • seamaaaaan
  • 2021年9月4日
  • 読了時間: 5分





 蜃という竜を見た。


 蜃気楼に私は足を踏み入れた。

 果ての楼閣の中は希望や期待にあふれていた。

 痛み苦しみと無縁だった。

 死に瀕していることに思考を向ける必要のない空間だった。

 私にとっては、私が知る限り最も理想的な安楽死だった。


 眠りっぱなしで飲まず食わずでいればいずれ死ぬ。

 友人の助けがなければ、私は死んでいただろう。

 私はあの竜が欲しくなった。



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 * * *



 Cross+Roseなるものにログインした。

 私に振り当てられた数字は709だった。


 アンジニティで709番と呼ばれる囚人と言葉を交わそうとしたことがある。

 常に機械仕掛けの人形の側で芋虫のようになって寝転がっている狂人だった。


 彼は夜になると「鍵をあけてくれませんか」と話すことがあった。

 それを由来に私は彼を鍵つきと呼び、

 また、私もある種鍵つきと言えないこともない者だった。


 しかし私が名乗るべき名は鍵つきでも、アンジニティに放逐される以前の世界での名でもなく、『隼田院フリージア』なる名前であろう。


 ハザマには夕焼け空が広がっている。

 恐らく鍵つきはこのゲームに参加することを了承することすら出来ないだろう。

 太陽の出ている間の彼は言葉の通じぬ狂人だったからだ。

 夜だけは幾分落ち着きを取り戻す彼だから、もしもハザマという世界が夜の世界であったなら、私のかわりに709番をやっていたのは彼だったのかもしれない。







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 * * *



 以前、二機の巨大な機械が交戦しているのを見た。

 危険だったため、戦いが終わってから私は近づいた。


 二機のうち片方は『スワンプリンクス』という名の機械であると確認する。

 中には死骸が残っていたため、他の動物や人にとられてしまわぬうち、食べられそうな箇所は食料として確保した。


 他に役立つもの……特に私は通信に関する装置を探そうとしたが、どこの世界のマシンなのやら、何がどういう仕組みなのか把握することさえ出来なかった。


 世界間通信。私はそれに焦がれ、探し、どうしても手に入れたかった。


 しかしアンジニティという世において、私は弱く、搾取や攻撃の対象だった。

 私では手の届かないものを機械たちが持っているのではと思ったが、結局は分からず仕舞いのまま、手にいれることは叶わなかった。


 二機の側で滞在しようとしたが、同じような死体あさりがやってきた時、私は無力だ。

 早々に退散させられた。




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 * * *




 エディアンからハザマ世界で説明をうける直前、私の足元には死体が転がっていた。

 ……はずだ。

 エディアンと向き合う間に、死体は消えていた。


 その時は然して、誰だとかは気に留めなかったのだがイバラシティを知る今はあれが誰か把握できる。

 あれは箕田ウロスだった。


 記憶に関することで脳が混乱した際生み出された幻覚か、

 はたまた事実あった死体なのかは不明だが。


 Cross+Roseで箕田ウロスがハザマに来ているかどうかを調べたところ、彼の名前は一覧になかった。

 彼の分の席は私が頂いてしまったのかもしれないなと思った。


 その辺りの事情や真実なんてわかりようもないので

 ただの私の想像に過ぎないけれどね。






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 * * *




 ハザマ専用VRチャット『Cross+Rose』とやらがある分、ハザマ空間は私にとって、アンジニティより居心地の面においてマシといえる。


 私は世間的に醜い。

 らしい。


 まあ、価値観は個々でそれぞれあるものだから、私の姿をそれでも(という言葉は余計だと思うのだけど)好きだといってくれる者もいた。好奇に任せて『すき』と声をかけ、自尊心や承認欲求やらを満たす者もいる。


 勿論私を遠ざけたがる者もまた多かった。

 私をアンジニティへ遠ざけた者たちが私を見る目など、未だ忘れ難いものがある。


 そして、私は無力な弱者でもある。

 堂々とした強い怪物ならどんなに生きやすかったろう。

 見目麗しく助けてあげたくなってしまうような容姿だったならどんなに良かったろう。


 ゆえに、私はハザマに来て一番最初にすべきことをCross+Roseで使用する

 アバター作りと決めた。





 * * *




 私という存在はアンジニティに向いていない。

 血の気の多いタイプではないし、基本的に平和主義者のつもりだ。

 誰かとつるむにも身体能力の低い私は足引っ張りとなってしまう。


 アンジニティという荒地では奪い合いが罷り通る。

 まともな実りはなく、あの世界で豊かに生きることができるのは、奪うことに不安のない強かな者か、或いはたった一人で欲しい分を揃えられるような者か、豊かさと無関係に生きる者あたりかな。


 私にとっては誰かと顔をあわせなくちゃいけない環境というのもよくない。

 私がアンジニティに放逐される前の世界にも、ネット環境くらいあった。

 私は外見のこともあって、一日中部屋の中で電子の海を漂っているようなタイプだった。


 アンジニティでもアンジニティ内で完結する通信に関する装置を持つ者や、または世界間通信を持つ者もいるようだったけれど、少なくとも何日かおきに細々食べるだけでも必死の私には、その環境を獲得することは出来なかった。


 ハザマはその辺りが親切だから、幾らかいいよね。

 空を見上げれば済むなら、誰かに奪われる心配もない。

 醜い顔をお見せしないよう、どこかに引きこもってCross+Roseで話し相手を探すのもまた良かろう。

 イバラシティがダメなら少なくともハザマにくらいは居させてほしいものだ。


 しかして、イバラシティの方は更に良い。


 私はあの外見が欲しい。

 あの外見であることの自由が欲しい。


 一度その自由を味わって、もう一度『世間的にどうやら醜い』なんて窮屈の中へわざわざ戻りたいヤツがいると思うか?




 * * *




 話をシンプルにするとこうだ。


 アンジニティは私がネットをつえないからダメ。

 つまりイバラシティを侵略しなくちゃならない。









 不細工な私は、あの姿形が欲しくて仕方がなかった。



















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