御曹院ハザマ日記 28:00~29:00
- ひげまみれのらじ
- 2022年1月20日
- 読了時間: 2分
御曹院シオンは、御曹院シオン自身の意思で
高い志で医者を目指し、勉学に励み、健康な心身を維持し、
身だしなみにも気を使い、背筋は曲げず、顎を下げない。
誰彼にも本心を晒さず、他人には平等に、そして矜持を持つ。
すべて、自分で望んだことだ。
そうでなくては意味がなかった。
「窮屈ではないか?金があるのだから好きに遊べば良いだろう。」
そういった甘言で唆そうとしてくる人間が居るのを知っていた。
「自由がなくて気の毒だ。もっと自分の意志で未来を選べばいい。」
そう声をかけてくれる優しい人が居ることも知っていた。
あるいは、憐憫の目線を送られることもあった。
どの人間も言わんとすることは同じだ。
「辛ければ投げ出しても良い。逃げ出しても良い。」
どうやら、そういった考え方が世間では流行っているようだ。
彼らのような人間の優しさに接するたび、シオンはそう受け止めていた。
「けれど、僕が逃げたあとの人生の責任は僕が取るんだろう?」
逃げてはいけない、そう思った理由はそれだけではなかったが。
御曹院シオンは打算と強迫観念から、自らの生き方を自分で選んだ。
自分が惨めな生物であることを、誰の責任にもしたくはないからだ。
「苦しい」と感じる心が邪魔だった。
「寂しい」と感じる心が邪魔だった。
そんなもの、感じてはいけないのだ。
「それしか選べなかった」とはいえ「自分で決めた」のだから。
誰も他人のことなど許しはしないのだから。
だから自分だけは、周囲の人達を受け入れたかった。
期待も、妬みも、嫌悪も、好意も、軽蔑も、無関心も、無粋も、不躾も、退屈も、
嫌味も、怠惰も、下品も、気弱も、陶酔も、虚栄も、残酷も、従順も、正直も
それに応じることこそが、当時思いつくことができた唯一の自分を認める方法だった。
それが「御曹院シオン」だ。
どれだけ周囲の顔色をうかがおうとも。
それをやめたつもりになって人と接してみようとも。
一挙手一投足を誰かが見ている。いつも誰かが御曹院シオンを疎んだ。
「大変だね。」「有名税だね。」
誰かが言った。
だから僕は、幸せなのだ。
苦しくなどなかった。
寂しくなどなかった。
恐ろしくなどなかった。
すべて押し付けた。蓋をした。
救いの手などないのだから。
僕のしたいことの責任は、僕が取らなくてはいけないのだから。
幸せだった。幸せだった。幸せだった。
これこそが幸せなのだと、僕だけは知っていた。
定義された幸福を知っていた。
それ程良いものだとは思わなかったけれど。



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