御曹院ハザマ日記 35:00~36:00
- ひげまみれのらじ
- 2022年1月20日
- 読了時間: 4分
MATERIAL

多数のそれぞれに個性はほとんどない。誰も彼らを観測しないから。
それぞれの魂は同じ性質を持つものたち。
─ 誕生を拒まれたものたち。人間のなりそこない。
何者にもなれなかったため、この世に恨みもつらみもない。
ただ、さみしい。
繋がりたい、そばに居たい、寂しくなくなりたい。孤独に耐えられない。
それ故彼らは同じ性質のものと引き合い、群れ、融合する性質がある。

当人にその意図はなくとも、彼・或いは彼女はイカボットを呼び寄せた。
タピオカの行き倒れる姿は、イカボット達にとっての悪しき未来、
悲しい過去の踏襲だった。
再びその末路を辿らぬ為に。寂しい我々が寂しくなくなるように。
イカボット達はタピオカの望む姿を模索した。

誰もが羨み、誰もが憐れむような恵まれた環境で育った彼は
誰もが望むものになるため、自らの幸運を他者に還元するため、分かたれた。
「必要とされる自分」と「必要とされない自分」
勤勉で品行方正。
誰にとっても優しく誠実で、明るく別け隔てのない、治療の異能を持つ自分。
自らの人生に懐疑的で、他者を妬み、多くを欲する、破壊の異能を持つ自分。
その二つを隔てる基準を決めたのは他でもない、彼自身だった。
必要とされていると保護された"もの"は穏やかに日々を過ごす。
必要とされないと吐き出された"もの"は夜な夜な世界を呪い続ける。
片方の彼が自らを呪い、未来を断つのは当然の結末だった。
彼らに足りなかったのは人の運。縁。環境だ。

イバラシティの御曹院シオンが命を断ったとき。
ワールドスワップの作用によりイカボットは次は彼らに引き寄せられた。
シオンの記憶はイカボットに。イカボットの実在はシオンに。
ゆっくりと解け合った彼らは、やがて一人になった。

シオンにとって、ワールドスワップ以前の彼女は捏造された記憶だが
その記憶が存在する時点でそれは現実と遜色ない。
実際にシオンが初めて異能で傷つけた相手は彼女だったのか、
それとも他の誰かだったのか。
それは定かではないが、ワールドスワップ後の彼の環境を変えた人物の
一人であることは疑いようのない事実だろう。
彼女はいつもシオンの前を歩き、手を引いた。

御曹院シオンに「お兄ちゃん」という全く別の存在としての価値を与えた。
赤の他人であるからこそ、それは彼女のための。
彼女のためだけの存在だ。
彼女がシオンにとって特別な女の子になるのに、そう時間はかからなかったが
鈍感な彼女とシオンは、妹とお兄ちゃんとして穏やかに過ごした。
彼女はどんな「お兄ちゃん」もやわらかに受け入れ、シオンの背中を押した。

制約の多い社会を勝ち上がった誇り高い女性。
優しく、傲慢で独善的で、懸命に生きる人。
息子の祖父にあたる自分の父親を息子が殺したと思っている。
我が子の異能を恐れ、家に戻らぬ夫を恨み、それでも御曹院大の妻として。
その役割を十全に果たそうとする。
殺人者である息子を家に繋ぐことは、
彼女にとっての"我が家"を、そしてそれは"自分自身"を守るための手段でもあった。

シオンの祖父からシオンへ役割を繋ぐ存在。
人柄について特筆すべきことはない。彼もまた、何者でもないのだから。

シオンのことを一方的にライバル視する大富豪。
彼は自尊心が、向上心が強い。察するに、それは承認欲求の現れかもしれない。
それで良かった。
彼は心のままに、シオンに「ライバル像」を求めた。
それに応えたいと思った。かくありたいと仰ぐ彼の望みだからこそ。
彼に認められたいと思った。

フリージアの幼馴染。
慣れない頃は邪険に扱われる事も多かったが、珍しいことでもなかった為
そういう人間としての距離感で取り扱っていた。
打ち解けていくうち、少し母に似ていると思った。
願わくは、彼女の優しさがいずれ相手のための形を取りますよう。
彼女の『普通』の価値観の強固さが、周りの誰かの為の大きな盾と成りますよう。
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【自殺】
今となってはワールドスワップの力で御曹院がイカボットに呼び寄せられたのか
それとも御曹院がイカボットを引き寄せたのか知ることは出来ない。
けれど、彼がイカボットの依代の条件を満たしていたということは事実である。
【先入観】
彼が戦うべきもの。
経験則ではなく、誰かからの借り物の視点で他人を測る時。
事実に基づかない個人的な好悪で他人を選別する時。
篩い落とされる者、そうでなかった者。
そのような直感的主観による判断が誰しもにとっての
『肯定されるべき・常識的手段』であるとされるとき
果たしてすべての人が努力だけで他者から虐げられずに済むのだろうか。
或いは努力出来る環境すらも。
全ては運でしかないのではないだろうか。
ならば彼はとてつもない幸運の持ち主だ。
そして過ぎた幸運は、不幸なのかもしれない。
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イカボッドの性質に由来した異能。
寂しがりやで、不完全な魂の群体であるイカボッドは、他者の中にこそ自分を求める。
観測者のみが自分を認めることが出来る。
そして、その観測者が自分に求めること。
彼らの利己による欲こそがイカボッドやシオンにとって最も信じるに足る、他人の心だ。
それを成すことで、ようやく自己を完成させられる。
イカボッドは、不完全な魂を完成させるための欠片を求め続けている。
あなたが、僕に心から「居て欲しい」と。
ただ一言を授けてくれることを。



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