御曹院ハザマ日記 27:00~28:00
- ひげまみれのらじ
- 2022年1月20日
- 読了時間: 2分
「御曹院シオンの母」は賢く善良な女性だ。
優しく、協調性も節度もあり、威張らない
「賢い立ち回り」が得意だ。
そしてそれが誰にとっても自然な選択だと疑わない。
「賢い立ち回り」だと自分では呼ぶことをしない謙虚な母は
しばしばそれを「普通」と呼んだ。
母はシオンの「普通ではない」部分を、笑うことが多かった。
何度かそのように笑われた時にバカにされて感じるので悲しいと訴えたが
彼女にとっては「微笑ましいと感じている」ことだから
シオンが悲しいと感じることこそ誤りだった。
「バカにしたんじゃないんだから、傷つかなくていいのよ。」
「貴方は妬まれやすいから、自分を守るためにちゃんとしなくちゃ。」
「いやね、物騒だわ。普通はこんなひどいことできないわよね。」
母は、ひどく「普通」の女性だ。
世間の設定した課題をこなし、自分がこなせた課題をこなせない人間を
悪意なく漫然と見下す。
決して悪くなどない。それが「普通」だ。
彼女はその彼女自身が弱者と認めた者に対し、嫌な顔をせず施す優しさを持っている。
優しく聡明で誇り高い普通の女性だ。
贅沢だと言われるだろうか。
俺はそれが苦しかった。
彼女の「普通」に応えることが。
彼女の「普通」から落ちぶれることが。
上がりたくもない舞台に上がり、すべての人からただ侮られるだけの明日を
毎夜、毎夜思い描くことが。
彼女の「普通」は世間に作られ、
それに倣って育ったシオンの側に
その「普通」を否定できる人間なんて居なかったのだ。
だから、あの日逃げ出した。
もうひとりの自分ごと、一緒に。
あてつけだとか、腹いせみたいなところもあったかもしれない。
何が正解なのかもわからない世界で失敗ばかりが確実に続く毎日が、もう嫌だったのだ。
正解していたのだとしても喜びも安堵もない毎日が、もう嫌だったのだ。
環境、条件、すべてが整っていて、
逃げ場も、言い訳も、
申し訳ないばかりで何もできない毎日も。

僕は幸せ者。
弱虫で、ごめんなさい。
ワールドスワップの知らせがあったのは、その頃だったか。
何かを説明する女性の声がしたかと思えば、
かすかに知らない子供の声がした。
シオンの記憶は、そこまで。
結果から言うと、僕はこのワールドスワップという仕組みに
「逃げ出した」という事実をなかったことにしてもらえていた。
「諦めるにはまだ早い。」
「異世界転生で人生やり直し。」
…みたいな、そういうことなのかもしれない。
ああ、けれど不思議だ
僕は今、生きたくて仕方がない。




コメント