御曹院ハザマ日記 0:00~1:00
- ひげまみれのらじ
- 2022年1月19日
- 読了時間: 4分
僕の持つ最も古い記憶。
僕は既にアンジニティに居た。
僕に意識というものが芽生えて、
それから自分がどのようなものかを認識するまでに時間はかからなかった。
そう、簡単な話だから君にも自己紹介をしよう。
聴いてくれるかな?
* * *
僕はイカボッド。
生まれることのなかった命、必要とされなくなった命
命を命と扱われなくなったモノ
───不要物とされ、行方を、存在を失ったモノ
僕は「それら」だ。
"僕のようなもの"は時折この世界に現れる。
不要になった…そうだね、いわば魂と呼ばれるようなモノをいくらか貯めておいて、
貯まってきたらアンジニティにひとつにまとめて、捨てる。
そういうシステムなのだろう。
当然「僕ら」はとても弱い。
姿を持たず、存在証明すら危うい僕らのようなものは
アンジニティに放ってしまえば、いずれ自然消滅するというわけだ。
大変にエコなシステムだと思う。
* * *
では、そんな弱い存在である僕はなぜ今もこうして存在を維持し続けているか。
実のところ、それは偶然だ。
偶然、僕の目の前に倒れ込んで数日起き上がらない何かを見つけた。
それは体中に虫を這い回らせ、わけのわからない体液を垂れ流し、
悪臭を放ち、お世辞にもとても健康…どころか、生き物とは呼び難い容姿をしていた。
姿すら持たない僕が言うなって感じだけどね。
しかし僕にはそいつがひどく哀れに見えた。
醜く腐れ果てたそいつを救おうというものは数日現れなかった。
これ以上待ってもおそらく現れないだろう。
つまりソレは、きっと、多数から不要と扱われた存在なのだ。
可哀想に。
せめてもう少しでも見目が麗しければ!
誰かから愛されていれば!
必要とされていれば!
誰かが君を探し、見つけ出して涙を流しながら再会を喜んでくれたかもしれない!
あるいは、君の美しさを見初めてドラマのように救ってくれることもあっただろうに!
だがどうだろう、実際に君を見つめ続けているのは、
姿すら持たず、存在すら危うい、今にも消えてしまいそうな僕だけだ。
君はこのまま緩やかに死んでいくのだろう。
そして、それは僕も同じだろう。
誰にも認知されることなく、消えていくのだ。
実際、僕はそこまで難しいことを考えていたわけじゃない。
ただ漠然と、こいつと同じは嫌だなあ、と思ったんだ。
だから少しだけ。
なにか助けになってやれないかって、思ったのさ。
* * *
どういうわけか、目を覚ましたバケモノには僕が見えていたらしい。
それが言うには僕は「医者」なのだそうだ。
そりゃあ驚いたさ。
医者なんて、どんな風にやったらいいのかわからないし。
けれど、君がそう思うなら僕はそれだけのことをしたのだろう。
それになれば君が嬉しいのならそうなりたいと思った。
そして医者だということになった僕にそのバケモノは、
「体が不便だから治療をして欲しい」と言う。
僕はそれを了承した。
それから僕はバケモノにとっての「医者」になった。
バケモノは自身のことを「タピオカ」と名乗ったので、僕もそう呼ぶようにした。
いつまでもバケモノ呼ばわりは気分が悪いかと思って。
そしたら、しばらくすると僕は、自分にも呼び名が欲しくなった。
「医者」をする代わりにと、タピオカに「名前」をねだった。
タピオカは少し考えて、僕に「イカボッド」という名を与えた。
知っている小説だか、映画だかの主人公の名前らしい。
僕はその主人公のことは知らないし、この名を大して気に入りはしなかった。
けれど、タピオカが僕の名を口にすることは悪い気分ではなかった。
* * *
これが僕が今ここに立っていられる理由。
タピオカが治療を望んだから、僕は今もここに居る。
これからかい?どうなるんだろうね。
タピオカがイバラシティに行きたいって言うから、僕はそれを応援したいと思っているよ。
* * *
あの世界〈イバラシティ〉は僕にとってはまるで、生まれ落ちる前の世界だった。
あそこでの僕は自分の在り方に悩み、誰かを疎み、妬んでいた。
そんなことが許される世界だった。
あちらでもこちらでも、僕は同じものを求めていて、
何かを渇望していることはかわらないけれど
僕は、あちらの僕を気に入ってしまった。
ハザマで目が覚めたときの気分ときたらどうだ。
まるでごちそうにありつけなかった飢えたハイエナだ。
僕も"あれ"になりたいと思った。
タピオカ…いや、「フリちゃん」と同じ。
僕も「御曹院シオン」になりたい。



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